指定商品を「まんじゅう」とした「ひよ子」立体商標のように、商品の形状そのもの表したに過ぎない立体商標は、通常、識別性がないとして登録が認められません(商3条1項3号)。しかし、「ひよ子」立体商標は、長年の使用による全国的な周知性を獲得したことが立証され、識別力を有しているとして、商標法3条2項を適用して登録が認められました(登録4704439号、権利者:株式会社ひよ子(被告))。
この登録4704439号「ひよ子」立体商標に対し、有限会社二鶴堂(原告)から無効審判を請求され(無効2004-89076)、識別性(商3条1項3号・同2項)を争うこととなった事件が、「ひよ子立体商標事件」になります(平成17年(行ケ)10673号)。
※ちなみに、原告・有限会社二鶴堂は、「二鶴の親子」という「ひよ子」そっくりな饅頭を売っていた。
知財高裁は、次の理由により、「ひよ子」立体商標が、九州地方や関東地方を含む地域の需要者に広く知られているとは認定したものの、全国的な周知性を獲得するまでには至っていないと認定しました。
- 被告の直営店舗の多くは九州北部、関東地方等に所在し、必ずしも日本全国にあまねく店舗が存在しない。
- 「ひよ子」饅頭の販売形態や広告宣伝状況は、需要者が文字商標「ひよ子」に注目するような形態で行われていた。
- 原告の「二鶴の親子」をはじめ、全国各地に23もの業者が、鳥の形状の焼き菓子を製造販売していた。
- 鳥の形状の和菓子は、「虎屋」が江戸時代から「鶉餅(うずらもち)」を作っており、他にも全国各地で作られていることから、鳥の形状の和菓子は、わが国で伝統的なものである。
- 「ひよ子」饅頭の形状は、虎屋の「鶉餅」よりも単純な形状であるから、「ひよ子」立体商標の形状は、伝統的な鳥の形状の和菓子を踏まえた単純な形状の焼き菓子として、ありふれている。
そのため、登録4704439号「ひよ子」立体商標は、商標法3条2項の「使用をされた結果需要者の何人かの業務に係る商品又は役務であることを認識することができるもの」との要件を満たさないことから、識別性がない(3号)として、登録が無効となりました。
「ひよ子」饅頭といえば、博多や東京のお土産とのイメージがありますが、その発祥は、どちらでもなく、福岡県の内陸都市「飯塚市」です。なぜ飯塚市かといえば、飯塚市は元々炭鉱都市で、炭鉱労働者がエネルギー源として甘い菓子を好んだことから、お菓子作りが盛んな街だったためです。
「ひよ子」饅頭の工場は、今も、飯塚市に2か所あり(飯塚総合工場、穂波工場)、西日本エリアで販売されている「ひよ子」饅頭は全てここから製造されています。ちなみに、東日本エリアの「ひよ子」饅頭は、埼玉県草加市の「東京工場」で製造されています。
これら全国3カ所にある「ひよ子」工場のうち、飯塚市「穂波工場」が唯一、工場見学ができるのです(要予約・無料)。もちろん、製造現場は撮影禁止ですが、廊下一本道の見学ルートで、ガラス越しから、「ひよ子」饅頭の製造ラインを眺めることができます。
「ひよ子」饅頭の作り方といえば、私が小学生の頃に通っていた学習塾Nで、社会科の先生から、本物のヒヨコから中身をくり抜いて作っていると教わりました。しかし、そんなことは全くなく、①包餡機で白餡を生地に包む→②プレス機で「ひよ子」の形に成形→③オーブンで焼く(17分)→④電熱ヒーターで目付け→⑤冷却(30分)→⑥包装・箱詰め、というほぼ全自動流れ作業を経て、約60分で完成します。
本物のヒヨコが、卵から長い時間かけて温められ誕生する一方で、「ひよ子」饅頭の製造工程で最も時間をかけているのは冷却であり、やはり、「ひよ子」と本物のヒヨコは、別物だと感じさせられました。
また、「ひよ子」饅頭の目は凹みによって表現されていますが、「ひよ子」饅頭の成形時点ではまだ目がなく、オーブンで焼いた後、電熱ヒーターで穴をあけて目付けをするのは、拷問っぽくて残酷に感じました。なお、昔の「ひよ子」饅頭は、木型に生地を入れて成形し、焼きゴテで目付けをしていたとのことなので、昔の方がもっと残酷な感じだった模様。
その他の見所としては、廊下一本道の見学ルートの壁に沿って、「ひよ子」の歴史年表が記されていたことでしょうか。もちろん、その年表には、「2003年(平成15年)8月29日:『ひよ子』が立体商標で登録(登録4704439号)」との記述は見当たりませんでした。
工場見学が終わった後は、併設の工場直売所で買い物もできますが、工場できたてホヤホヤの「ひよ子」饅頭も試食できます。試食するのは、目付け直後、冷却前の「ひよ子」饅頭なので、まだ温かいです。
生まれたばかりで、つぶらな瞳で見つめてくる「ひよ子」を食べてしまうのは心苦しいですが、市販の「ひよ子」饅頭と比べ、外皮がサクサクし、熱がこもった白餡がフカシ芋のようで、新食感でした。
さて、「ひよ子立体商標事件」の原告「有限会社二鶴堂」も、「ひよ子」と同じく福岡県の企業ということで、工場見学のついでに、「ひよ子」饅頭のそっくりさん・原告の「二鶴の親子」も買いに行くことに。ところが2023年時点で、「二鶴の親子」は絶版していました。残念。
一方で、「ひよ子立体商標事件」の判決では、「ひよ子」の形状は「鶉餅(うずらもち)」よりも単純な形状であると、しれっとディスられていましたが、その虎屋の「鶉餅」は売っていました。その名の通り、ウズラを模した大福です。
しかし、実際に見比べてみると、確かに、羽が模様で表現されている分、「鶉餅」の方が「ひよ子」よりも創作性が上と思えますが、大した差ではないように思えます。味はどちらも美味しいし、どちらも違った可愛さがあります。ただし、「ひよ子」が1個約160円に対し、「鶉餅」は1個540円と、お気軽に買える感じでないお値段です。
「鶉餅」の購入難易度やや高めなのは、お値段だけでなく、時期的要因もあります。いつでも購入できるものでなく、毎年12月1日~15日だけの限定販売なのです。
おかげで、「ひよ子」饅頭の工場見学が2023年3月だったにもかかわらず、なかなか直ぐにブログ化できず、2023年12月まで、ネタを長く温め続けなければならない羽目となりました。ヒヨコだけに。
(T.T.)
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