2023年9月19日火曜日

所員旅行で函館に行きました【トラピスチヌの丘事件 商標法51条】

 商標弁理士のT.T.です。
 創英のイベントの1つに所員旅行があり、例のウイルスにより永らく行われませんでしたが、2023年より再開することとなりました。

今年の行先は、沖縄(石垣島)or北海道(洞爺湖・函館)or山陰の3つから選択でき、T.T.は無論、北海道(洞爺湖・函館)をチョイスしました。何故ならば、沖縄(石垣島)も山陰も商標事件が特にない一方で、北海道の旅程には、函館の「トラピスチヌ修道院」見学があり、ここは「トラピスチヌの丘事件」で知られているからです。

 「トラピスチヌの丘事件」(平成7(行ケ)17)とは、登録1272868号「トラピスチヌの丘」(30類「キヤンデ-、その他の菓子パン」)について、その商標権者S社(原告)が、「トラピスチヌの丘クッキー」や「THE HILL OF TRAPPISTINES COOKIES」の表示を用いたクッキー販売していたところ、登録841980号「トラピスチヌバタ-飴」や 登録1155483号「トラピスチヌ\TRAPPISTINES」を用いてクッキーやバター飴を販売していた「天使の聖母トラピスチヌ修道院(被告)」から、商標法51条の不正使用取消審判を請求された事件です(昭61-023859)。

登録1272868

(S社の使用商標:外装箱の「トラピスチヌの丘クッキー」)

(S社の使用商標:包装袋の「THE HILL OF TRAPPISTINES COOKIES」)

 東京高裁は、次の理由により、S社が、故意に指定商品について登録商標に類似する商標を使用し、「トラピスチヌ修道院」の商品と混同を生じさせるおそれがあると認定し(商511項)、登録1272868号「トラピスチヌの丘」は登録取消となりました。 

<登録商標と使用商標の類似性>
 「トラピスチヌの丘クッキー」の表示は、の丘」の文字部分が小さく表示され、トラピスチヌ」の文字部分が注意を惹く構成となっていることから、登録1272868号「トラピスチヌの丘」と使用商標「トラピスチヌの丘クッキー」は、称呼・観念が共通するものの、外観が異なるため、互いに類似する商標であるとしました。

また、「THE HILL OF TRAPPISTINES COOKIES」の表示についても、「THE HILL OF TRAPPISTINES」の文字部分が、登録1272868「トラピスチヌの丘」を英訳したものと容易に理解し得ることから、登録1272868号「トラピスチヌの丘」と使用商標「THE HILL OF TRAPPISTINES COOKIES」は、観念が同一であるため、互いに類似する商標であるとしました。 

<出所混同の有無>
 「トラピスチヌ修道院」や、そこで製造・販売されているクッキー等は、一般に広く知られており、また、S社のクッキーは、「トラピスチヌ」や「TRAPPISTINES」の文字を強調するように表示し、その外装箱には「トラピスチヌ修道院」の建物や聖女像を描いた図柄が表示されていることを考慮すると、S社の「トラピスチヌの丘クッキー」は、「トラピスチヌ修道院」の販売する商品であるとの出所混同を生じさせるおそれがあるとしました。 

<故意の有無>
 S社は、「トラピスチヌ修道院」と同じ函館市内で営業していたこと、また、長年に渡り「トラピスチヌ」及び「TRAPPISTINES」の表示を用いたクッキー等が、「トラピスチヌ修道院」より製造・販売されていた事実が一般に知られていること、さらに、S社の使用商標が、「トラピスチヌ」及び「TRAPPISTINES」を強調した構成であったこと等を考慮すると、S社は、商品が出所混同を生じさせることを当然に認識していたとして、その故意が認定されました。

トラピスチヌ修道院」は、60人程の修道女が暮らす女子修道院ですが、男子の私であっても、敷地内を自由に見学することはできます。S社の「トラピスチヌの丘クッキー」の外装箱に描かれた建物や聖女像は、「トラピスチヌの丘事件」の名の通り、丘の上にあり、聖堂・司祭館聖テレジア像になります。 

(写真:トラピスチヌ修道院)

(写真:聖堂・司祭館)

(写真:テレジア(19世紀の聖人)の像)

ただし、S社の「トラピスチヌの丘クッキー」外装箱の図柄と同じ構図で写真を撮ろうと思っても、聖テレジア像の後ろにある垣根に阻まれるため、この構図を完全再現することは物理的に不可能です。 

(写真:S社の外装箱と同じ構図は再現不可)

 裁判で登場した「トラピスチヌ修道院」のクッキーは、修道院敷地内の売店「天使園」で購入することができ、プレーン味とココナッツ味があります。一方、同じく裁判で登場したバター飴は、現在、販売されていないようでした。

(写真:天使園)

(写真:トラピスチヌ修道院のクッキー)

 ここで勘違いしてはいけないのが、「トラピスチヌ修道院」のクッキーは、有名な函館土産「トラピスクッキー」とは別物ということです。一見すると、「トラピスチヌ」も「トラピス」も似たような単語なので、両者は同一商品に思えますが、「トラピストクッキー」は、函館市の左隣・北斗市にある男子修道院「トラピスト修道院」で製造・販売されたものであり、その出所は全く異なります。
 両クッキーは、入手難易度にも差があり、有名な「トラピスクッキー」は、函館山や五稜郭タワー等、函館の至る所で購入できますが、「トラピスチヌ修道院」のクッキーは、修道院敷地内の売店「天使園」でしか購入できない希少品です。 

(写真:トラピストクッキー)

 ちなみに、「トラピスチヌ修道院」一押しの菓子は、別にクッキーではなく、事件とは全然無関係の「フランスケーキマダレナ(登録812156号)」のようでした。 

(写真:フランスケーキマダレナ)

 
 さて、登録1272868号「トラピスチヌの丘」は、商標法511項の不正使用に該当するとして、登録取消となってしまいましたが、S社からは、「トラピスの丘」というチーズタルトが未だ販売されており、函館の至る土産コーナーで見かけることができます。当然、「トラピスの丘」もS社により商標登録されています(登録840720号)。

(写真:トラピストの丘)

(登録840720号

 「トラピストの丘」は、先ほどの男子修道院「トラピスト修道院」が由来なのは明らかであり、パッケージをよーく見ると、「トラピストの丘」の文字の背面に「トラピスト修道院」の建物の図柄が薄っすーら描かれていることからも窺えます。

(写真:「トラピストの丘」の背面に修道院建物が薄っすら写る)

 では、登録840720号「トラピスの丘」は、商標法51条の不正使用取消審判を請求されなかったのかというと、もちろん、「トラピス修道院」から請求されていました(取消2007-301474)。ただし、「トラピスチヌの丘」とは逆の結論のようで、登録840720号「トラピスの丘」は登録が維持されました。

 取消2007-301474の審決によれば、S社の使用商標「トラピストの丘」は、「トラピスト」の文字部分のみを強調することなく一連一体の構成からなるところ、S社の登録840720号「トラピストの丘」とは色彩と書体を異にする類似商標であるとしましたが、トラピスト修道院が使用する「トラピスト商標」とは明らかに別異のものであるから、S社が、商品が出所混同を生じさせることを認識していたとは認められなかったため、登録840720号「トラピストの丘」は、商標法511項の不正使用に該当しないと判断されたとのことです。 
(トラピスト修道院の「トラピスト商標」)
  このように、「トラピスチヌの丘」と「トラピスの丘」では、使用商標を一連一体に表示するか否か、そして、外装箱に建物等の図柄を目立つように描いたか否かで、故意出所混同判断が分かれた点では、商標法51条の不正使用取消審判の事例として、興味深いものと思います。 

 ここまで長文を書いていて、まるでT.T.は「トラピスチヌ修道院」に命賭けてたみたいになっていますが、実は、所員旅行のスケジュール3日(9月8日~10日)の中で、「トラピスチヌ修道院」を見学してたのは、たった30分ほどに過ぎません。
 所員の皆は、花より団子ということで、修道院よりも、そこに隣接する「市民の森売店」の超美味しいソフトクリームを夢中に嘗め回していましたが、T.T.は、修道院を嘗め回すように見学していました(おかげで、修道院前での集合写真撮影に危うく遅刻しそうになった。)。
(T.T.)

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