商標弁理士のT.T.です。
さて、「タコ」は英語で「オクトパス(octopus)」なんていいますが、「置くとPASS」するということで、旧来より、受験の縁起物として、様々なタコグッズが販売されています。実際、私も弁理士受験生時代、宮城県南三陸町のゆるキャラ「オクトパスくん」人形を購入したその年、最終合格できました。
しかしながら、いくら「タコ」といえども、中には、受験生的に不吉なものもあり、それが、著作権法「タコの滑り台事件」に登場する「タコの滑り台」でしょう。
「タコの滑り台事件」(令和3年(ネ)10044号)とは、被告「株式会社アンス」が製作したタコの滑り台2台に対し、原告「前田環境美術株式会社」のタコの滑り台の著作権を侵害しているとして、損害賠償を求めた事件です。
知財高裁は、タコの滑り台のような応用美術ついて、「実用目的を達成するために必要な機能に係る構成と分離して,美的鑑賞の対象となり得る美的特性である創作的表現を備えている部分を把握できるものについては,当該部分を含む作品全体が美術の著作物として,保護され得る」ことを基準(分離可能性説)として、その著作物性を判断しました。
その上で、原告滑り台の「天蓋部分を除いたタコの頭部を模した部分」「タコの足を模した部分」「空洞(トンネル)部分」については、滑り降りる・転落防止・隠れん坊をする等の機能を有し、滑り台(遊具)としての実用目的に必要な構成であるとしました。
一方で、「タコの頭部を模した部分の天蓋部分」は、滑り台としての実用目的を達成するために必要な構成から分離できるとしたものの、その形状自体が単純で、タコの頭部の形状としてもありふれていることから、創作性がないとしました。
そのため、原告滑り台は、美術の著作物としての著作物性がないと判断されました。
また、原告滑り台が、建築の著作物として保護されるかという点についても、先ほどの分離可能性説の判断基準を用いた上で、建築物である遊具のデザインとしての域を出ないとして、著作物性がないと判断されました。
したがって、原告滑り台は、美術の著作物(著2条10項4号)や建築の著作物(著2条10項5号)にも該当しないとして、被告滑り台による著作権侵害は認定されませんでした。
ちなみに、被告滑り台2(東京都足立区「上沼田東公園」)から、北東へ徒歩15分ぐらいのところには、原告の前身「前田商事」が、1971年頃に製作したという、日本で初めて設置されたタコの滑り台1号(新西新井公園)が、未だ現役バリバリです。ただし、タコというよりは、宇宙船に魔改造されていますが。
今回の「タコの滑り台事件」に登場した原告滑り台は、タコの滑り台1号よりも小型の「ミニタコ」と呼ばれるバリエーションらしく、兵庫県赤穂市の「尾崎第3公園」にあります。
赤穂市といえば、赤穂藩の“浪人”が活躍した「忠臣蔵」でもお馴染みの「赤穂城(跡)」が街のシンボルです。また、日本百景にも選ばれた岬「御崎(みさき)」も有名で、恋人の聖地として祭り上げられています。
そして、「尾崎第3公園」は、「赤穂城(跡)」と「御崎(みさき)」の中間辺りに位置し、元々江戸時代には、塩田が広がっていた地域のようです。平坦で長方形の土地からなる「尾崎第3公園」は、一見何も変哲ないようで、実は、かつて日本一と言われた赤穂の塩田を彷彿とさせます。
そんな中、原告滑り台は、「尾崎第3公園」の北東部角に鎮座しています。「タコの滑り台事件」判決文に添付された原告滑り台の写真は、塗装が剥げていましたが、2023年時点では、赤く再ペイントされたようで、茹でタコみたいで美味しそうです。
なお、タコの滑り台だけでなく、「尾崎第3公園」には、ミニミニタコ像や、タコの水飲み・水洗い場もありました。
さて、原告滑り台は、頭部空洞から、正面・右・左に2つ、のべ4つの「スライダー(タコの足)」が伸びていますが、どのスライダーも、仰角約45度と滑り台にしては急斜面であり、モルタル製なのも相まって、一段と滑りやすいです。やはり、ゲン担ぎに神経質な受験生には、本当にオススメしません。
ところで、原告滑り台の「側面」に着目すると、正面スライダーから頭部にかけて連続して流れるように後方に向かって天を衝くような形となっており、また、頭部と背面部により「く」の字を形作っており、この形状によって、ある種の緊張感を与えているところに、著作物性があると、原告は主張していました。
しかし、現実に、ある種の緊張感を与えていたのは、側面から見た形状よりも、背面に備え付けられた階段ではないでしょうか?その足場は、細い鉄棒を「コ」の字に曲げて作られた簡素なもので、階段としては心もとない感じがします。そのため、タコの滑り台で遊ぶ児童にとっては、この階段を登ることに、ある種の緊張感を強いられるように思われます。
そして、原告滑り台の「空洞部」に着目すると、実態との対比において、絶妙な虚の世界ないし神秘的な空間を醸し出しており、また、左右の空間と頭部の空間で、トライアングルをなして、バランスのとれた虚の空間を生み出しているところに、著作物性があると、原告は主張していました。
そこで私も実際に、原告滑り台の空洞へ籠ってみて、その創作的に表現された思想又は感情とやらを体感してみることに。穴に籠った私は、何か哲学的悟りを開いたというより、むしろ、いい歳の大人が、滑り台で遊んでいることに対する羞恥心が上回ってきました。まさに、穴があったら入りたい。ほらやっぱり、タコの滑り台はただの実用品じゃないか。
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