商標弁理士のT.T.です。
以前、当ブログでも取り扱った「氷山事件」(最高裁 昭和39年(行ツ)110号)によれば、商標の類否は、「外観」「称呼」「観念」「取引の実情」から総合的に判断されるとのことですが、依然、商標実務においては「称呼」のウェイトが大きいように思えます。
ただし、最近の拒絶査定不服審判を見ると、称呼同一であっても、外観非類似の場合には(例:プレーン書体vsロゴ化した文字)、両商標が非類似となる審決も増えてきている気がしますが。
一方で、「ふぐの子事件」(東京高裁 平成14年(行ケ)377号)のように、一見、称呼が異なる商標同士が、観念同一であるために、最終的に類似と判断された珍しい類否判断事例もあり、前回、前々回と九州の事件を扱ったので、今回も九州繋がりで取り上げようと思います。
しかしながら、その審決取消訴訟で、東京高等裁判所は、「ふぐの子」からは「河豚(ふぐ)の子」の観念が生じ、「子ふぐ」からは「こどもの河豚(ふぐ)、小さい河豚」の観念が生じることから、両商標の観念は、ほぼ同一であるといい得る程度によく似ているとした上で、両称呼は、「フ」、「グ」、「コ」の3音において共通しており、「フグ」は「河豚」を、「コ」は「子」を意味する語で、「ノ」は「河豚」と「子」の関係を示す助詞であることから、実質的に両称呼は「河豚」を意味する語と「子」を意味する語の語順を入れ替えたにすぎないとして、両商標の称呼や外観も、相当よく似ているとのことから、両商標は類似しているとの判断を示しました(東京高裁 平成14年(行ケ)377号)。
その後、登録4409662号「ふぐの子」は、無効となりました(商4条1項11号に該当)。
さて、「ふぐの子事件」の争いとなった舞台は、福岡県北九州市の門司です。門司は、関門海峡を挟んで対岸の下関と同じく、フグの産地として知られていることから、それにあやかり、「フグまんじゅう」やら「フグクッキー」やら、フグに関連するお菓子が所々で売られているのです。
そんな中、引用商標「子ふぐ」を販売しているのが、「門司駅」前に本店を構える「梅園(うめぞの)」です。
そして、「子ふぐ」とは、デフォルメ化されたフグの最中に、つぶ餡を挟んだお菓子なのです。正式名称は「ふぐっ子」のようですが。もちろん、「子ふぐ」の親に当たる、一サイズ大きめな「河豚最中」も販売されており、むしろ親の方が看板商品です。
最中に挟まれる餡は、キラキラしており、明らかに良いものと匂わせます。もちろん、農林大臣賞受賞や北九州ブランド食品に選ばれるだけあって、文句なしのおいしさです!箱とその包装用紙も美しいので、贈答用にピッタリでしょう。
一方の、無効となってしまった「ふぐの子」を販売していたのが、門司駅の東の隣の隣「門司港駅」の和菓子屋「柳月堂」です。
どうやら裁判の後、「ふぐの子」こと、フグの形をした最中は、販売をやめてしまったようです。店員さん曰く、「ふぐの子」は、リアルなフグの形状で、ギョロ目であったとのこと。
確かに登録商標「ふぐの子」は、引用商標「子ふぐ」との併存登録を認めないとして、無効になったとはいえ、文字商標「子ふぐ」の商標権をもって、「柳月堂」のフグの形をした最中の販売そのものを差し止めることは当然できないでしょう。また、デフォルメ化された「梅園」のフグと、リアルタイプの「柳月堂」のフグでは、明らかに外観非類似であることから、不正競争防止法の商品形態模倣行為(不競法2条1項3号)にも当たりません。仮に梅園の「子ふぐ」の形状が、立体商標登録や意匠登録をされたからと言っても、同様でしょう。
つまり、「柳月堂」が、フグの形をした最中を販売し続けること自体は、知財的側面から見れば、特に問題はないと見受けられます。「ふぐの子」から名称を変えてでも、販売し続けて欲しかっただけに、販売休止は、弁理士的にはちょっと悲しいです。
ところが、「柳月堂」のウリは、「ふぐの子」というより、実は「めかり饅頭」だったりするのです。
「めかり饅頭」の文字商標は、現在は失効しているものの、戦前から登録されていたようです(登録0315976号)。また、現在でも「めかり饅頭柳月堂」が商標登録されており(登録4401862号)、わざわざ「めかり饅頭」を屋号と結合して商標登録しているところを見ると、よほど大事な商標であることを窺い知ることができます。
そんな「めかり饅頭」とは、この近くにある「和布刈神社(めかりじんじゃ)」から名前を取った饅頭です。「和布刈神社」とは、九州最北端の神社で、門司港駅(九州鉄道記念館駅)からトロッコ列車「潮風号」で北へ走ること10分の「関門海峡めかり駅」が最寄であり、関門橋下の海沿いに鎮座します。その歴史は古く、約1800年前に神功皇后が創建したと伝えらえています。
さて、「和布刈」とは、ワカメ(和布)を刈るという意味のようですが、めかり饅頭には、別にワカメは入っておらず、関門海峡が舞台となった「壇ノ浦の戦い(源平合戦)」にちなんで、餡(赤旗)と生地(白旗)のみで構成されています。
何と言っても、手作り感あることが特徴であり、量産型温泉まんじゅうには見られない不揃いな形状が、舌でゴロゴロした新食感を味わうことができます。その上、サイズも一口サイズを通り越した小ささで、しかも飽きが来ない味なので、パクパク食べられてしまいます。私は6個しか買いませんでしたが、その3倍は買って良かったかもしれません。
ところで、「柳月堂」の店内には、オーナーの趣味で、鉄道模型や、古い鉄道のヘッドマーク・行先板が展示されており、鉄道マニアの間では、一種の聖地扱いをされているようです。
ちなみにT.T.は、単に、電車の中で勉強するのが得意な弁理士であって、立体商標・意匠法的側面から駅弁容器を集めている弁理士であって、決して鉄道マニアではありません。このようなモノを見ても、特にトキメキを感じません。
私がトキメキを感じるのは、その場所やモノが、商標事件に関係する時だけだ!
(T.T.)
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