2024年4月30日火曜日

一粒400円のイチゴを求め徳島県佐那河内村へ【ももいちご事件 50条・社会通念上同一の商標】


 商標弁理士のT.T.です。
 4月の第一週、創英では毎年恒例の「花見会」が、白金台の八芳園で開催されました。花見会とはいいつつも、例年この時期になると花びらもほぼ散った侘しい感じになってしまいますが、今年は7年ぶりの遅咲きにより、八芳園から満開の桜を眺められ、花見会らしい会となりました。
(写真:八芳園の満開の桜)
 さて、と言って思い浮かぶのが「さくらももいちご」という高級イチゴで、これにまつわる商標事件を「ももいちご事件」といいます。 

 「ももいちご事件」(知財高裁 平成23(行ケ)10243)とは、徳島県佐那河内村(さなごうちそん)産のイチゴを「ももいちご」と名付け、平仮名と漢字の二段併記からなる登録4323578号「ももいちご\百壱五」(31類 いちご)として商標登録をしていたところ、不使用取消審判を請求されたため、登録商標と社会通念上同一の商標が使用されている等が争われた事件です。 

登録4323578

 審判(取消2010-300840)では、使用証拠の一つとして、イチゴの包装箱側面や、大阪梅田・阪神百貨店の青果店「フルーツキングミズノ」の商品タグにて、最も上に「佐那河内の」「ももいちご」の二段書きが大きく表記され、その下に小さく「登録第4323578号」「平成10年商標登録願第30450号」の二段書きが表記され、さらにその右側にとても小さく「百壱五」が表記された使用商標が提出されました。しかし、審決では、当該証拠からは審判請求の登録前3年以内に使用していたと認めるに足りる証拠は見いだせないとして、最終的に登録4323578号「ももいちご\百壱五」は取消となってしまいました。 

(使用証拠)

 しかし、その審決取消訴訟で、知財高裁は、本件商標の通常使用権者「フルーツキングミズノ(梅田店)」が、審判請求登録日(2010816日)前3年以内の2007年~2009年の各1231日に、上記「ももいちご」の商品タグを使用していたことを認定したうえで、登録商標と社会通念上同一の商標が使用されているかについては、次のとおり認定しました。 

  1. 使用商標の「佐那河内の」「ももいちご」「登録第4323578号」「平成10年商標登録願第30450号」「百壱五」の各部分は、いずれも自他商品識別力が非常に小さい。
  2. 登録4323578号「ももいちご\百壱五」の「百壱五」の部分は、登録要件を充足するために付加されたものであり、「ももいちご」と一応読み得るものであり、何らかの「いちご」との観念も生じ得ることから、平仮名「ももいちご」を補足する部分である。
  3. 「ももいちご」「百壱五」の両方の文言が、文字の変更や欠落などなく、共に用いられていれば、字体や字の大きさに違いがあるとしても、本件商標を表す「登録第4323578号」「平成10年商標登録願第30450号」も表示されていることも併せ考慮すると、社会通念上、本件商標と同一の商標が使用されていると解する。
  4. 百壱五」の文字が小さいとしても、判読できないほど小さいわけではない。

 したがって、登録4323578号「ももいちご\百壱五」と社会通念上同一の商標が、審判請求の登録前3年以内に、その指定商品「いちご」について通常使用権者によって現に使用されていることから、審決は取り消されました(登録維持)。

 ところで、冒頭の「さくらももいちご」は、「ももいちご事件」の「ももいちご」とは、同じ佐那河内村産ではあるものの、品種も全く異なるイチゴとなります。「ももいちご」は、その名の通り、桃のように柔らかいイチゴなのが由来ですが、非常にデリケートで、商品としては少々扱いづらかったため、姉妹ブランドとして、もう少し実が固めの「さくらももいちご」が登場したとのことです(なお、「ももいちご」は現在生産されていない。)。

(写真:さくらももいちご)

 「さくらももいちご」の名前の由来は、別に佐那河内村が桜の名所だったからではなく、佐那河内村産イチゴとして元々周知性のあった「ももいちご」と、日本人にプラスイメージを印象・記憶・連想させる「さくら(桜)」結合することで、売れるネーミング目指したのが真相とのことで、いかにも商標らしい由来で興味深いですね。 

 そんな「さくらももいちご」も、使用証拠となった青果店「フルーツキングミズノ」(現在は「もぎたて果実 MIZUNO」へ商号を変更)により、大阪梅田・阪神百貨店のデパ地下で売られていました。ただし、阪神百貨店の「さくらももいちご」は、デパ地下仕様の贈答品ということで、イチゴ24粒が化粧箱に詰め込まれ、しかも、一粒一粒が個包装されているため、お値段なんと1万円強。単純計算でイチゴ一粒400円強です。

(写真:「フルーツキングミズノ」こと「もぎたて果実 MIZUNO」)
 

 近年、コンプライアンス意識強化の世論により、会社でお土産を配る風習も廃れつつある感じがしますが、T.T.は時代に逆らって「商標事件に関する」お土産を所内で配り続けています(逆に言えば、商標事件に無関係なスポットへ旅行してもお土産は絶対配らん。)。それは、チヤホヤされたいのも0.5割くらいありつつも、やはり、事件の現物を渡すことで、商標法について啓蒙することが、弁理士としての責務と感じることが大きいように思われます。なお、弁理士法上はそのような責務は規定されていない。 

 しかし、いくらお人好しのT.T.であっても、一粒400円するものを配るというのは、流石に躊躇します。ということで、「さくらももいちご」をより安く入手するために、大阪から電車とフェリーを乗り継ぎ、徳島駅から路線バスで45分かけて、佐那河内村へやって来ました。

(写真:佐那河内村のバス停)

 「さくらももいちご」は、佐那河内村の「JAふるさと農産物直売所」で購入することができ、一箱36粒入り(1パック9×4)で3120でした。直売所で購入すると一粒100円を切るので大変お得に思えます。ただし、大阪から佐那河内村への往復にかかった金額は11500(電車代4820円(青春18きっぷ2日分)、フェリー代2500円、路線バス代1410円、宿代2770円)ということで、果たして、「フルーツキングミズノ」で買うよりお得だったのでしょうか?

(写真:JAふるさと農産物直売所)

 

 いいえ、本当に大事なのは、価格の損得ではなく、思い出です。村では、園瀬川に沿ってビニールハウスが点在しており、ハウスで育つ実物の「さくらももいちご」を眺められる経験は、都会のデパ地下では味わえないことでしょう。また、私が訪れた時期がちょうど桜の時期だったので、村の満開の桜でも眺めながら、自分用に買った「さくらももいちご」を嗜む風情も味わえたと思います。

(写真:さくらももいちごのビニルハウス)

(写真:佐那河内村の桜)

 直売所で購入する際は、キャッシュレス未対応のため、いくら価格が安いからと調子に乗ってホイホイ買ってしまうのは注意が必要です。私も、「さくらももいちご」以外にも、「さくらももいちご大福」や「さくらももいちごジャム」をつい買ってしまい、気が付いたら、財布の現金が残り600円になってしまいました。佐那河内村から徳島駅まで路線バス代は600円(交通系IC未対応)なので、危うく、佐那河内村から脱出できなくなりそうでした。

(写真:さくらももいちご・ジャム・大福)
(T.T.)



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2024年4月1日月曜日

1万円するステーキランチを食べてきました【EMPIRE STEAK HOUSE事件 結合商標の類否】

 商標弁理士のT.T.です。
 さて、4月になったということで、私の弁理士歴もまた一つ歳を重ねました。歳を重ねると、肉が食えなくなってくるとはいいますが、ステーキにまつわる商標事件、「EMPIRE STEAK HOUSE事件」は早めに攻略した方がいい事件の一つでしょう。 

 「EMPIRE STEAK HOUSE事件」(令和4(行ケ)10087)とは、原告(アールジェイジェイ レストラン エルエルシー)が、「43類 ステーキ料理の提供等」を指定役務とした、左向き牛の全身を表した図形と「EMPIRE STEAK HOUSE」の文字の二段併記からなる商標(商願2018-4441)を出願したところ、登録5848647号「EMPIRE(標準文字)」と類似し、商標法4111号に該当すると判断されたことから、拒絶審決となったため、結合商標の類否について審決取消訴訟で争われた事件です。 

商願2018-4441

 知財高裁は、商願2018-4441について、下記の理由により、「EMPIRE」の文字部分が、需要者等に対して自他役務の識別標識として強く支配的な印象を与えるといえるから、商標の要部であるとして、登録5848647号「EMPIRE(標準文字)」と類似すると判断し(商標法4111号)、商標登録を認めませんでした。

  1. 牛の図形部分は、「ステーキ料理の提供」との関係において、食材が牛であるという印象を与えるに過ぎず、実際に、牛肉に関連した料理を提供する店舗では、食材である牛の全身又は一部をモチーフとした図形を用いる例が見受けられ、広く一般に行われているため、自他役務識別機能を有しない又は極めて弱い。
  2. EMPIRE STEAK HOUSE」の「EMPIRE」の文字は、我が国において「帝国」の意味が容易に理解される親しまれた語で、指定役務について、役務の提供の場所等と関連性を有することは想定できないから、自他役務識別機能が強い。
  3. EMPIRE STEAK HOUSE」の「STEAK HOUSE」の文字は、「ステーキ専門店」を意味する英語で、飲食物の提供の一業態を示すものとして一般に用いられ「ステーキの料理の提供」を行う業界において普通に用いられていることから、役務の提供の場所、質を意味するとして、自他役務機能を有しない又は極めて弱い。
  4. 実際の取引において、「STEAK HOUSE」又は「ステーキハウス」を含むステーキ料理の提供を行う店舗名が、STEAK HOUSE」又は「ステーキハウス」の文字部分を除いて略称される例が見受けられる。
  5. EMPIRE STEAK HOUSE」に外観上まとまりがあって一体的であろうと、称呼がよどみなく一連に称呼できるものであるとしても、ステーキ料理の需要者がどの料理店を選択するかに当たっては、「STEAK HOUSE」の部分は選択に当たって何ら必要な情報を与えるものではないから、需要者が着目するのは「EMPIREの部分である。

 原告の「EMPIRE STEAK HOUSE」は、引用商標権者とライセンス契約を行ったためか、今でも六本木で営業しています。ニューヨークスタイルのステーキが提供されるとのことや、六本木という土地柄から見て、カジュアルそうに思えて、一応、ドレスコードはスマートカジュアルのため、休日のお昼時だというのに、スーツでバシッと決めて来ました。

(写真:EMPIRE STEAK HOUSE
 

 事前に仕入れた情報では、ステーキランチコースは7800円と聞いていたのですが、それは平日限定であり、休日では特別ランチコースということで、9800になります。これに「クランベリージュース」(700円)を加えたので、1万円を超えました。T.T.の普段の昼食代が700円くらいなので、単純計算で15倍です。 

 しかし、1万円超のサービス料は、その期待を裏切りません。ラグジュアリーな感じの内装や、妙に落ち着いたウェイターによる行き届いた接客は、まさに私を「皇帝」だと錯覚させるのでした。
(写真:高級感漂う席)

 もちろん忘れてはならない、メインディッシュの「プライムニューヨークサーロインステーキ」は、アブラ少なめの熟成肉が、外側はカリっと焼き上げられた一方で、中側の柔らかさがナイフを通しても伝わります。何も加えず肉そのものの旨味をそのまま楽しむこともできますが、EMPIRE STEAK HOUSE」オリジナルステーキソースで味変もできます。ステーキソースといえば、茶色系が一般的なように思いますが、オリジナルステーキソースは赤く、トマト+生ワサビ+ビネガーをブレンドした甘みを楽しむことができ、ニューヨーカーが好みそうなところに、ニューヨークスタイルとしてのプライドが垣間見えました。
(写真:プライムニューヨークサーロインステーキ)
 ということで、「EMPIRE STEAK HOUSE」は、結合商標の類否の勉強だけでなく、何か特別な日のための予習にもなった気がして、いつか来るであろう特別な日にまた来てみたいと思いました。嗚呼、商標事件の聖地巡礼も自分にとっては特別な日か。

 ちなみに、六本木はステーキ屋の聖地らしく、周辺を歩いていると、「ステーキハウスハマ」「BENJAMIN STEAK HOUSE」「37 Steakhouse & Ber」「ウルフギャング・ステーキハウス」「ステーキハウスオークドア」といった、「Steak House(ステーキハウス)」を名称の一部に含む飲食店が複数あり、やはり、「STEAK HOUSE」は、「43類 ステーキ料理の提供」との関係で、自他役務識別力が弱いことが窺えました。
(写真:ステーキハウスハマ

(写真:BENJAMIN STEAK HOUSE

(写真:37 Steakhouse & Ber

(写真:ウルフギャング・ステーキハウス

(写真:ステーキハウスオークドア

 一方の、引用商標の登録5848647号「EMPIRE(標準文字)」を使用しているのは、長野県上田市にある「NEWYORK STYLE DINING BAR EMPIRE」という店(2013年開業)で、何と偶然なのかニューヨークスタイルのステーキを提供し、また、石窯によるナポリのピザも提供しています。ここでも、店頭に「左向き牛の全身を表した図形」が用いられており、やはり、商願2018-4441の「左向き牛の全身を表した図形」は、「43類 ステーキ料理の提供」との関係で、自他役務識別力が弱いことが窺えます。
(写真:NEWYORK STYLE DINING BAR EMPIRE

 ところで、上田市の「EMPIRE」は、結構な人気店らしく、当日来たら、予約で一杯ということで入店ができませんでした。つまり、わざわざ長野県上田市まで行って、何もせずノコノコ帰ってきました。
 長野県上田市といえば、戦国大名・真田氏の居城「上田城」があり、二度にわたる「上田合戦」(第一次:1585年、第二次:1600年)では、攻めて来た徳川の大軍をノコノコ撤退させたことで知られる名城です。図らずも、令和の世において、T.T.は上田合戦を再現してしまったようです。

(写真:上田城)

T.T.


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