2022年10月31日月曜日

2つの「那須の御用邸」【御用邸事件 4①7】

 

 商標弁理士のT.T.です。
 さて、私が弁理士になった一番のキッカケは、最早、士業しか生きる道がないほど、人生の瀬戸際に立たされていたためでしょう。しかし結局は、私の中に士業という選択肢があったのは、不動産鑑定士だった祖父の影響が大きかったと思います。
 そんな私の祖父は、不動産鑑定士の第一期生として、様々興味深い不動産を取り扱ったとのことでした。例えば、ニュースで毎年報じられる銀座の土地の値段は、その評価基準を祖父が初めて定めたとか、一見プライスレスに思える「御用邸」も鑑定したとか。 

 ところで「御用邸」とは、「皇室の別邸」を意味し、現在では、那須(栃木県)、葉山(神奈川県)、須崎(静岡県)の三か所にあります。
 そのうち、「那須の御用邸」がある「那須高原」を舞台として、登録商標「御用邸」の有効性について争ったのが、「御用邸事件(知財高裁 平成25(行ケ)10028号)です。

 「御用邸事件」(知財高裁 平成25(行ケ)10028)とは、「株式会社いづみや」が販売していたお菓子「御用邸の月」(登録5415157号)に対して、「御用邸チーズケーキ」を販売する「株式会社庫や」と創業者X氏から、登録商標「御用邸」(登録3161363号)の商標権を侵害しているとして訴訟を提起されたため、逆に、「株式会社いづみや(被告)」が、登録3161363号「御用邸」に対して、公序良俗違反(商417号)を理由とした無効審判(無効2012-890048を請求した結果、無効審決となったことから、原告X氏が提起した審決取消訴訟です。
 知財高裁は、「『御用邸』が皇室の別邸であることは広く知られて」いることから、「皇室と何らの関係もない者が,自己の業務のために指定商品について『御用邸』の文字を独占使用することは,皇室の尊厳を損ね,国民一般の不快感や反発を招くものであり,相当ではない」として、登録3161363号「御用邸」公序良俗違反(商417号)を認定しました。

(登録3161363号)

  もちろん、公序良俗違反で商標登録が無効になったとしても、特段、商標として「御用邸」の使用を禁止された訳ではないため、現在でも、原告側の「御用邸チーズケーキ」は販売されています。被告の「御用邸の月」も販売されています。
 即ち、我々のような庶民は、通常、御用邸に立ち入ることは不可能ですが、那須高原では2つの御用邸を楽しむことができるのです。 

 

 まず、被告の「御用邸の月」とは、あの「杜の都銘菓」系統のお菓子で、まさに那須を照らす満月のようです。


「御用邸の月」が販売されているのは、JR黒磯駅からバスで約10分、「お菓子の城」バス停で下車してすぐの「お菓子の城 那須ハートランド」です。

 「お菓子の城」とメルヘンチックな銘を打っていますが、別に建物はお菓子で出来ていません。しかし、お城の中がお菓子工場になっており、量産されていく「御用邸の月」をガラス越しから眺めることができます。最初、真っ平だった生地が、いつの間に、ふっくらとした「御用邸の月」に変貌する製造工程は、例え商標の専門家じゃないとしても、弁理士として見逃せません。

 


そして次に、原告側の「御用邸」こと「御用邸チーズケーキ」とは、すごく濃厚チーズケーキです。


 「御用邸チーズケーキ」が販売されているのは、「お菓子の城」バス停から奥へ進むこと約1km「チーズガーデン前」バス停で下車してすぐの「チーズガーデン(那須本店)」です。


こちらも「チーズガーデン」とメルヘンチックな銘を打っていますが、別に地面はチーズで出来ていません。「チーズガーデン」のエントランスに来てみると、デカデカ「御用邸」と掲げられ、ロイヤルな風格を感じられます。

 「御用邸チーズケーキ」は、お持ち帰りだけでなく、チーズガーデン内にあるレストラン「しらさぎ邸」でも味わうことができます。

 早速注文したのが、「4種のチーズケーキ」です。4種とは、「御用邸チーズケーキ」と「御用邸栗チーズケーキ(季節限定)」と、その他2種のチーズケーキになります。一緒に頼んだ紅茶の名も「御用邸」。まさに(商標法上の)公序良俗違反づくしです。

(左端:御用邸栗チーズケーキ、右端:御用邸チーズケーキ)

(紅茶「御用邸」)

 ということで、那須では2つの「御用邸」を訪れた訳ですが、T.T.は、自家用車を持っておらず、公共交通機関を乗り継いできた都合上、被告「御用邸の月」の紙袋を持ったまま、原告側の「チーズガーデン」に乗り込む事態となってしまいました。例えるならば、阪神の応援席に単身、巨人のユニフォームを着て応援するような自爆行為に等しいです。私の存在自体が、公序良俗違反にならないか心配でした。


(T.T.)

******************お知らせ*******************

創英では、202212月に【令和4年度 弁理士試験 合格者・これから弁理士試験合格を目指す方向け】に向けた事務所説明会・見学会を開催いたします。

東京・京都・福岡・横浜・武蔵野といった各拠点オフィスにお越しいただき、実際のオフィスの様子を目にする絶好の機会となっておりますので、ぜひお気軽にご応募ください!

お申込みはこちらから。

https://www.soei.com/info/事務所説明会・見学会「令和4年度-弁理士試験-合/

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2022年10月22日土曜日

ヴィエンチャン出張

創英ASEANオフィスのIです。

本ブログ、最近は「聖地巡礼弁理士」の独り舞台となっている感がありますが、、久しぶりに投稿させていただきます。

さて、この2年半の間は、新型コロナ禍のためリアルな交流が制限され、対面でのミーティングの機会が失われていましたが、私が駐在しているタイは、2020326日に発令された非常事態宣言が9月末をもって解除され、また、101日から新型コロナの分類が「危険な感染症」から「監視すべき感染症」(インフルエンザ等と同じ分類)に格下げされ、名実ともにアフターコロナとなりました。

そのようなタイミングで、JETROさんからお声がけをいただき、タイの隣国であるラオスの首都ヴィエンチャンへと行って参りました。

今回のミッションは、ラオス知財局と商標ワークショップを行い、審査官の皆さん向けに「識別力に関する日本の商標審査」をレクチャーすることでした。

ラオス知財局の皆さんは、特に識別力に関する日本の審決・判決例に興味津々であり、ワークショップは私が一方的に話すというよりは、途中途中で、「これはなぜ識別力が認められたのか(あるいは、認められなかったのか)」「こういった場合はどのように判断されるのか」等々、多くの質問を受けてディスカッションが行われ、更にそこから別の具体的なケースへと展開して議論が大きく盛り上がり、大変充実したワークショップとなりました。用意されていた時間では時間が足りず、別のセッションの後にあらためてQ&Aの時間を設けたほどでした。



仕事のあとの楽しみといえば食事ですが、ラオスはかつてフランス領であった影響で、安くて美味しいフランス料理が食べられます。(私は今回初めて知ったのですが。。)折角ですので夕食に有名店を訪問し、コース料理を堪能しました。
2,000円程でこんなに美味しいフランス料理が食べられるとは!と驚きでした。



今回、ワークショップ以外には、ラオス知財局の視察やラオス現地代理人事務所の訪問等も行うことができ、
28か月ぶりの海外出張は、リアルな交流の重要性を思い出させてくれた貴重な機会となりました。 

************以下は、創英からのお知らせです**********

創英では、202212月に【令和4年度 弁理士試験 合格者・これから弁理士試験合格を目指す方向け】に向けた事務所説明会・見学会を開催いたします。

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2022年10月12日水曜日

原告&被告の「一升パン」を食べ比べてみた【三橋の森の一升パン事件】

 

 商標弁理士のT.T.です。
 私は当然、商標弁理士なので、今まで当ブログに登場したような古い商標系判決だけでなく、最近の判決も常にチェックをしています。その中で、2022年で最も「読み応え」そして「食べ応え」のあった商標法判決は、間違いなく、「一升パン」を巡って争われた「三橋の森の一升パン事件」(知財高裁 令和3(行ケ)10160号)でしょう。 

 ここで「一升パン」とは、もともと我が国に「一升餅」という伝統文化があり、それを「餅」から「パン」に置き換えたものです。
 そもそも「一升餅」とは、子供の1歳の誕生日を祝うため、一生(一升)食べ物に困らない等の意味を込めて作られた、一升(1.8kg)の米を使って作られた餅を言います。その「一升餅」を子供に背負わせることで、健やかな成長を祈ります。
 つまり「一升パン」とは、一歳児の誕生日を祝うための「1.8kg(一升)のパン」や「1.8kg(一升)のパン生地を使って作られたパン」といったパンを指す俗称なのです。 

 「三橋の森の一升パン事件」(知財高裁 令和3(行ケ)10160)とは、株式会社CBH(被告)の登録商標「三橋の森の一升パン」(指定商品「パン」等)に対し、株式会社ポンパドゥル(原告)は、自己の登録商標「一升パン」(指定商品「パン」等)を引用し、商標法4111号等に違反するとして無効審判(無効2021-890009)を請求した結果、棄却審決となったことから、株式会社ポンパドゥルが提起した審決取消訴訟です。
 知財高裁は、「つつみのおひなっこや事件」(最高裁 平成19年(行ヒ)第223号)の判旨に沿って、登録商標「三橋の森の一升パン」は一体不可分の構成であり、引用商標「一升パン」とは類似しないと判断しました。

 特に、「三橋の森の一升パン」の「一升パン」部分については、「一升」はパンの数量を表す単位として用いられない等の理由により、出所識別標識としての称呼・観念が生じるとしつつも、「一升パン」は「一升餅」の「餅」を「パン」に置き換えたにすぎず、100を超える事業者によって「一升パン」が製造・販売されていたことにより、「一升パン」自体が特徴的・印象的な語ではないことや、「一升パン」がポンパドゥルの商品を表示するものとして周知でなかった等の理由により、出所識別標識として強く支配的な印象を与えるものではないことから、「三橋の森の一升パン」から「一升パン」部分を抽出し、引用商標と類否判断することは許されないとしました。 

(登録6113801号「三橋の森の一升パン」)
(登録5839434号「一升パン」(引用商標))

 ちなみに、ポンパドゥルの登録5839434号「一升パン」は、識別性がない(3号)等を理由として、逆に株式会社CBHから無効審判を請求されてしまった「一升パン事件」(知財高裁 令和3(行ケ)10154)というのもありまして、こちらは識別性有りと知財高裁に判断されました。

 ところで私は、この「三橋の森の一升パン事件」を知るまで、「一升パン」どころか「一升餅」の存在すら知りませんでした。実家が別に一生食べ物に困るほどでもなかったおかげか、1歳の私が「一升餅」を背負わされる機会はなかったためです。
 そのため、この商標事件で、初めて「一升パン」という言葉を聞いた時、「一升」といえば日本酒の一升瓶ということで、「一升瓶の分量丸ごと日本酒が入った、すごく酒臭そうなパン」と、奇妙なパンをイメージしてしまいました。「1.8kg(一升)のパン生地で作ったパン」とかも十分奇妙なパンですが。 

 そんな奇妙な商標からなるパンに、商標弁理士が惹かれない訳がなく、さっそく、原告「株式会社ポンパドゥル」被告「株式会社C・B・H(三橋の森)」で売られている「一升パン」を両方買って、味を類否判断することにしました。ちなみに、T.T.は子無しだし、そもそも独身です。 

 まず、原告「株式会社ポンパドゥル」の「一升パン」は、フランスパンで出来ており、その上に粉を振って名前や絵柄が描かれています。一升パンのデザインは予め決められたテンプレートから選ぶことができ、T.T.は6月生まれなので、6月の絵柄にしました。
 
お値段は3240円。おまけで、198で一升パンを背負うための「お祝い袋」も購入できます。


 ちなみに、私はネット注文のクール便だったので関係ありませんでしたが、ポンパドゥル実店舗で一升パンを購入した場合には、絶対に失敗が許されないということで、お店で同じものを2個、念のために作るらしく、予備の2個目が、購入した店舗で陳列されているとの噂です。


(ポンパドゥルの「一升パン」は、熨斗紙風の包装箱に入れられている。)

 
 次に、被告「株式会社CBH」の「三橋の森の一升パン」は、その名の通り、埼玉県大宮にある「三橋の森」の一升パンです。「三橋の森」とは、地名ではなく、大宮駅からバスで西へ約5分の「三橋一丁目」バス停で下車した所に位置し、結婚式場・ベーカリー・フレンチレストラン等が入った複合商業施設の名称です。 



 そして、「三橋の森の一升パン」は、施設内のベーカリー「三橋の森カフェボスケ」で購入することができます。「三橋の森カフェボスケ」は、カフェも併設されており、ワンちゃんと同伴もできる大人気カフェでした。


 さて、「三橋の森の一升パン」は、ライ麦を使用した田舎風パンで、その上に立体的に名前や絵柄が描かれています。「三橋の森の一升パン」最大の特徴は、オリジナルデザインの一升パンを作ることができる点です。その際、通常のテンプレデザイン一升パンが4000円のところ、デザイン料として500円を追加し、4500円となります。

 私もオリジナリティを追求すべく、一升パンに弁理士バッジ(菊花紋章&桐)と同じ模様を描いて貰おうと依頼しましたが、断られてしまいました。パンはオーブンで焼いた際に膨らむので、弁理士バッジのように複雑すぎる形だと崩れてしまうので、無理だそうです。

 そこで、数字「22077」を一升パンに描くことにしました。一升パン職人さんは、何の数字だと奇妙に思ったかもしれませんが、「22077」は、私の弁理士登録番号です。
 そして、一升パンの上には、私の名前と弁理士登録番号だけだと寂しいので、草で囲むことにしました。この草はまるで、並行輸入が争点となった「フレッドペリー事件」(最高裁平成14()1100号)を思い起こさせます。上部の星図形は、スペースが余ったので、加えてみました。
 以上により、私の「三橋の森の一升パン」のデザインは、一升パンの量に負けず劣らずの情報量になりましたが、かなりカッコいい感じに仕上がりました。 

 また、「三橋の森の一升パン」は、無料でクルミレーズンを追加することで、味に変革を与えることができます。その他の留意点としては、ポンパドゥルみたいに背負うための袋は売っていないようなので、背負う際には自前で用意する必要があります。


(ポンパドゥルで購入したお祝い袋を流用。)


 ということで、原告の「一升パン」被告の「三橋の森の一升パン」を食べ比べてみましたが、どちらの味も、間違いなくおいしいかったです。違いがあるとすれば、有名パン屋「ポンパドゥル」で我が子を手堅く祝いたいなら、原告・ポンパドゥルの「一升パン」を買うことをおススメしますが、オリジナリティを追求したい人は、被告「三橋の森の一升パン」を買うことをおススメするでしょう。 


 もちろん、「一升パン」と「三橋の森の一升パン」は、切り分けられ、冷凍庫で保管しながら、T.T.が最後までおいしくいただきました。そのため、朝食&夕食の「一升パン生活」が、のべ3週間は続きました。こんな生活が3週間も続くと、やはり日本人なので、米が懐かしくなってくるものです。気分としては「一生コメを食いたい!

T.T.



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