2022年12月13日火曜日

慣用商標・清酒に「正宗」に識別力があった頃のルーツを探ってみた【橘正宗事件】

 

商標弁理士のT.T.です。

 先日、京都市伏見区のお客様の所に出張して来ました。伏見といえば、日本史の「鳥羽伏見の戦い」とか、千本鳥居の「伏見稲荷」とかを思い浮かべますが、やはり、商標法的には「瑞光寺」でしょう。「瑞光寺」は、こぢんまりとした境内でありますが、1655年(承応4年)に元政上人によって開山された日蓮宗の由緒ある寺であり、また、慣用商標・清酒に「正宗」の由緒でもあるのです。 


 慣用商標(商標法312号)とは、元々は識別力があったものの、同種類の商品等について同業者間で普通に使われるようになった結果、識別力を失い、登録が認められなくなった商標をいい、その例として、「商品『清酒』について、商標『正宗』」が挙げられています。確かに、日本全国には「〇〇正宗」の日本酒が点在しており、清酒に「正宗」には識別力が無いことは窺い知ることができます。

 しかしながら、清酒に「正宗」が慣用商標ということは、「正宗」が、自然発生的に誕生した語はなく、元々は識別力ある造語だったことを示しており、歴史上、神戸市東灘区の「櫻正宗」が使い始めたといいます。 

(写真:櫻正宗本社)


 「櫻正宗」は、1717年(享保2年)に「荒牧屋」の屋号で創業(創醸は1625年(寛永2年))した酒造会社であり、歌舞伎俳優名に由来した酒銘「薪水」という日本酒を販売していました。そして1840年(天保11年)、六代目当主・山邑太左衛門は、女性的な酒銘「薪水」に代わる新たな酒銘を検討していたところ、かねてより親交のあった「瑞光寺」を訪ねた際に、「臨済正宗(りんざいせいしゅう)」と書かれた経典が机に置かれているのを発見しました。そこから着想を得て、「臨済正宗」の「正宗(セイシュウ)」と「清酒(セイシュ)」の称呼が類似しているということで、酒銘「正宗」が誕生しました。つまり駄洒落です。 

時は流れ1884年(明治17年)101日、「商標条例」が施行された際、七代目・山邑太左衛門が、指定商品「清酒」について商標「正宗」を出願したところ、既に「正宗」は日本酒の代名詞として多くの酒造会社に使用されていたことから、「正宗」は普通名詞であるとして登録が認められませんでした。そのため、「正宗」に「櫻」を加えた「櫻正宗」と改称した上で商標登録し(登録981号)、今日の「櫻正宗」に至るわけです。
 ちなみに、櫻正宗が運営する「櫻正宗記念館『櫻宴』」館内では、「商標条例」が施行される前年・1883年に使われていた「正宗」の瓶が展示されており、「櫻」の字がない元祖「正宗」そのものを拝むことができます。

(登録981号)
(商標条例施行前年(1883年)の「正宗」の瓶)

 さて、慣用商標「正宗」は、「櫻正宗」が使い始め、「臨済正宗」が由来なのは分かりましたが、そもそも「臨済正宗」とはどんな意味でしょうか?
 「臨済」の文字から見るに、鎌倉仏教の一派である禅宗「臨済宗」を思い浮かべます。そもそも「臨済宗」とは、唐王朝の頃の中国が発祥であり、その名の通り、禅僧「臨済義玄」「臨済寺」で開いたから「臨済宗」なのです。日本では、中国(南宋)へ留学した栄西により伝えられました。即ち、「臨済」とは人名・寺名・臨済宗を指す言葉であり、それ以外の意味合いは特段なさそうです。 

ところが、「臨済正宗」の経典が置いてあった「瑞光寺」は日蓮宗です。宗派が違うとは、どういうことでしょう?そのカギは、「瑞光寺」から南へ7km下った宇治市で、「臨済正宗」を名乗った「黄檗宗大本山萬福寺」にあると思われます。

 「黄檗宗(おうばくしゅう)」とは、臨済宗の一派であり、江戸時代初期に来日した、中国の臨済僧「隠元隆琦」によって1661年(寛文元年)に開かれました。「黄檗宗」は、日本の「臨済宗」と区別するために、明治時代から名乗ったものであり、元々は「臨済正宗」と名乗っていました。日本の「臨済宗」は、鎌倉時代から数百年の時を経て、日本風にガラパゴス化されていった一方で、江戸時代初期に隠元が伝えた「臨済宗」は、中国のオリジナルを受け継いだ正統なものということで、「臨済『正』宗」なのです。 

 実際、「萬福寺」の境内には、日本の寺院では見られないような、中国風建築が建ち並んでおり、日本に居ながら異国情緒を楽しむことができます。
 なお、「臨済正宗」の正しい読み方は、「りんざいせいしゅう」ではなく、「りんざいしょうしゅう」です。


 改めて、「瑞光寺」周囲を見てみると、大本山の「萬福寺」の他、「石峯寺」「海寳寺」「佛國寺」「聖恩寺」といった黄檗宗の寺院が点在しています。おそらく、これら黄檗宗の寺院のどこからか、近所のよしみもあって、異教である「瑞光寺」へ「臨済正宗」の経典が伝わったことが、慣用商標・清酒に「正宗」が誕生した、そもそもの発端かと思われます。
  

 さて、慣用商標「正宗」にまつわる事件としては、「橘正宗」と「橘焼酎」の類否を争った橘正宗事件」(最高裁 昭和33年(オ)1104号)や、金盃酒造の登録商標「金盃菊」に対して、実際の使用態様「金盃菊正宗」が、「菊正宗」について商標法51条の不正使用にあたるか争われた「金盃菊正宗事件」(東京高裁 平成15年(行ケ)76号)といったものあります。 

 この内、「金盃菊正宗事件」の当事者「菊正宗」(神戸市東灘区)は、「櫻正宗」から住吉川を挟んだ西側に位置しています。「菊正宗」もまた、かつては酒銘「正宗」の日本酒を販売しており、指定商品「清酒」について商標「正宗」を出願したところ、同様に登録が認められなかったことから、「菊正宗」へ酒銘が改称された過去があります。


 

 そんな「櫻正宗」「菊正宗」に「白鶴」を加えた、3酒造会社によって設立されたのが、「灘中学校・高等学校」です。その偏差値は全国の頂点に君臨し、中学・高校受験をした者なら一度でも聞いたことがあろう超エリート校です。東大・京大・医学部への高い進学実績を誇り、Wikipediaを見てもOBに政治家・官僚・医者・学者が名を連ねています。
 「灘中学校・高等学校」の設立に関わった3酒造会社の内、「櫻正宗」は「正宗」の祖であり、「菊正宗」は日本一有名であろう「正宗」であり、その三分の二が、由緒ある「正宗」で占められています。
 四捨五入すれば、これ実質、日本のエリートは、慣用商標「正宗」で作られているといっても過言ではありません!

(T.T.)

******************お知らせ*******************

創英では、202212月に【令和4年度 弁理士試験 合格者・これから弁理士試験合格を目指す方向け】に向けた事務所説明会・見学会を開催いたします。

東京・京都・福岡・横浜・武蔵野といった各拠点オフィスにお越しいただき、実際のオフィスの様子を目にする絶好の機会となっておりますので、ぜひお気軽にご応募ください!

お申込みはこちらから。

https://www.soei.com/info/事務所説明会・見学会「令和4年度-弁理士試験-合/

https://careers.soei.com/tour/

*****************************************

0 件のコメント:

コメントを投稿