2023年1月10日火曜日

山形蕎麦の「伊右ェ門」vs京都福寿園の「伊右衛門」【伊右衛門事件 4①15】

 商標弁理士のT.T.です。
 新年2023年となりましたが、2022年の年末はいかがお過ごしだったでしょうか。年末といえば「年越し蕎麦」ですが、私は、「伊右衛門事件」にちなんだ年越し蕎麦を食べていました。 

 「伊右衛門事件」(知財高裁 平成21年(行ケ)10378)とは、「はせ川製麵所」の登録5150330号「そば処 伊右ェ門」30類「そばの麺,そばの乾麺,そばのインスタント麺,そば粉,むぎそば,そば弁当」)に対して、登録4766195号「伊右衛門」30類「」、32類「清涼飲料」等)の商標権者「福寿園」専用使用権者「サントリー」から無効審判を請求され、出所混同が生ずるおそれがあるとして(4115)、無効審決となったため、「はせ川製麺所」が提起した審決取消訴訟です。
 知財高裁は、①本件商標「そば処 伊右ェ門」の出願時には、「サントリー」らの販売独力や広告宣伝活動により、「伊右衛門」は、「サントリー」ないし「福寿園」の製造販売する緑茶・緑茶飲料等を示すものとして、需要者等に広く認識されており、②両商標の要部は「伊右ェ門」と「伊右衛門」であり、その外観が類似し、称呼・観念が同一のため、両商標は類似しており、③「茶そば」がそばの一つのジャンルとなっており、また、そば・そば弁当等と茶が同時に提供されることもあるから、本件商標の指定商品「そばの麺」等は、引用商標の指定商品「茶」と密接的な関係があり、④福寿園が運営するカフェで「茶そば」を提供している事実から、商品の出所が「サントリー」「福寿園」、あるいは被告ら経済的・組織的に何らかの関係を有する者の業務に係る商品であるとの混同を生ずるおそれがある、といった理由から、本件商標「そば処 伊右ェ門」は、商標法4115号に該当するとして、審決に誤りはないとしました。
(本件商標:登録5150330
(引用商標:登録4766195号(標準文字)

 さて、判決にもあるように、福寿園が運営するカフェで「茶そば」を提供している事実が、商標法4115号の判断に影響を与えたようですが、20231月時点で、福寿園が運営する飲食店で茶そばを提供しているのは、宇治市の「宇治茶亭」のみのようです。

 宇治市といえば、10円玉の平等院鳳凰堂の他に、地域団体商標にも登録されている「宇治茶」(登録5050328)が連想させられますが、確かに、宇治の平等院周辺には、「宇治茶」ブランドにあやかって、茶そばを提供する飲食店が乱立しています。そんな福寿園の「宇治茶亭」は、平等院と宇治川に挟まれた好立地に位置し、平等院または宇治川を望みながら、茶そばや抹茶系スイーツを嗜むことができます。

(写真:平等院側から見た「宇治茶亭」)

(写真:宇治川側から見た「宇治茶亭」)

 そして、福寿園の「茶そば」は、取っ手付きの珍しいお盆で運ばれてきて、福寿園の伝統や気品を演出してくれます。蕎麦の味は、温蕎麦だったのもあるかもしれませんが、柔らかい麺で、ツルっと食べられてしまい、喉越しから、宇治茶の風味をほのかに感じられました。

 

 一方、原告「はせ川製麺所」側を見てみると、商品「そばの麺」等としての「そば処 伊右ェ門」(登録5150330号)は登録無効となってしまったものの、山形市では、飲食店「そば処 伊右ェ門」が未だ営業しています。原告「はせ川製麺所」と飲食店「そば処 伊右ェ門」は、親戚の関係であり、原告が飲食店「そば処 伊右ェ門」へ、そば麺を納入しているとのことです。ちなみに、店名の由来は、福寿園の「伊右衛門」同様、先祖の名前からとのこと。


では何故、商品「そば」の「伊右ェ門」が許されなくて、役務「飲食物の提供」の「伊右ェ門」が許されているのでしょう?
 おそらく、商品「そば」の方は、専用使用権者たる食品メーカー「サントリー」が「伊右衛門」という商品を販売している都合上、似たような登録商標を断固阻止したかったのだと思われます。一方で、役務「飲食物の提供」の方は、サントリー「伊右衛門」とは、直接的に関係なかったからと思われます。 

そんな飲食店「そば処 伊右ェ門」は、山形駅から2駅北へ進んだ「羽前千歳駅」にあります。羽前千歳駅周辺は、新幹線と在来線の線路がダイヤモンドクロスする珍光景ぐらいしか、観光の見所は特になく、また、羽前千歳駅から田んぼのど真ん中を、徒歩で突っ切ること約20分という立地からも、「そば処 伊右ェ門」は、観光客向けというよりは、地元の蕎麦屋という側面が強いと思われます。


(写真:羽前千歳駅から望む、新幹線と在来線のダイヤモンドクロス)

 (写真:「そば処 伊右ェ門」の内装)

 しかし、「そば処 伊右ェ門」は、山形の蕎麦屋ということで、ご当地蕎麦「板そば」を食べることができるのです。
 「板そば」とは、山形県内陸部で食べられる蕎麦で、巷でよく見るザル蕎麦が、ザルの上に蕎麦を乗せて提供されるところ、「板そば」は、長細い木箱に所狭しと蕎麦が詰められザル蕎麦の2倍量があります。その麺は、太くコシがあるため、かみ砕くまで時間がかかるため、ただでさえ量が多いのに、さらに満腹中枢が刺激されます。そのうえ麺ツユは、北国にしては珍しく薄味で、出汁も効いていることから、通常の蕎麦がツルっと喉越しを楽しむところ、「板そば」では、蕎麦を噛みしめ味わうものとなっています。

 

 このように、山形蕎麦の「伊右ェ門」と京都福寿園の「伊右衛門」は、商標法上は、商品の出所等が混同を生ずるおそれがあると判断されましたが、「伊右ェ門」が提供する蕎麦「福寿園」が提供する蕎麦では、両者とも地域の特性が全面に出ており、その味や食感は混同を生ずるはずがありません。 

 ところで、「そば処 伊右ェ門」の敷地内には、自動販売機が設置してあります。そこで、売られていたのは・・・


 サントリー「伊右衛門」でした。

T.T.


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