商標弁理士のT.T.です。
さて、インターネット上の噂によれば、有志の知財関係者が集まって、「『瓦そば事件』を勉強する会」と称し、瓦そばを食べながらドンペリを空ける会が、東京や大阪であったとのこと。
そもそも「瓦そば」とは、山口県の郷土料理で、「熱した瓦の上で油で炒めた茶そばを盛り、その上に牛肉や錦糸卵、海苔、刻みネギ、などの薬味を乗せ、これを独特のつゆにつけて食する食品」を言います。
「バナナじゃないよ西郷さん」のゴロ合わせでお馴染みの「西南戦争」(1877年)にて、熊本城に籠る新政府軍を包囲した士族軍が、野戦の合間、野草や肉を瓦の上で焼いて食べていたという逸話をヒントに、山口県の川棚温泉で「たかせ」を営業する高瀬慎一氏が1961年に開発したとのこと。
開発者・高瀬慎一氏は、1988年に「瓦そば」を商標登録しましたが(登録2050583号 指定商品「そばめん、中華そばめん」)、その登録を発端に起こったのが「瓦そば事件」でした(平成4年(行ケ)106号)。
「瓦そば事件」(平成4年(行ケ)106号)とは、登録2050583号「瓦そば」(指定商品「そばめん、中華そばめん」)に対して、下関市街で「瓦そばセット」を販売していた「株式会社江戸金(被告)」が、無効審判(無効H1-647)を請求した結果、商標法3条1項3号・同2項の規定に違反して登録されたことを理由に無効審決となったため、「たかせ」の高瀬慎一氏(原告)が提起した審決取消訴訟です。
東京高裁は、(a)「瓦そば」の表示が、山口県内の川棚温泉・湯田温泉・小野田市の他、宮崎県や熊本県で用いられていたことが刊行物に記載され、一般需要者に広く知られていたこと、(b)「瓦そば」は川棚温泉の名物料理として知られ、原告の「たかせ」の他、「川棚グランドホテルお多福」や「麺食亭」でも提供されていたこと、(c)持ち帰り用「瓦そば」が、原告の「たかせ」の他、被告「江戸金」や「川棚グランドホテルお多福」でも販売されていた事実から、「瓦そば」は、そば料理の名称として知られていただけでなく、商品そばめんの品質・用途を表示するものとして普通に用いられていたことから、識別性がないとし(商3条1項3号違反)、また、原告の「たかせ」が提供・販売する「瓦そば」は、「たかせの瓦そば」として周知性を有していたにすぎず、「瓦そば」の名称自体が原告の業務に係る商品として需要者等に認識されていたわけではないとして(商3条2項違反)、審決に誤りはないとしました。
この噂の「『瓦そば事件』を勉強する会」は、(ドンペリが飲めるということで)非常に興味深いイベントだったのですが、当ブログが元祖至上主義なのはご存じでしょう。やはり、(心を鬼にして)ちゃんと「瓦そば事件」について勉強したかったので、東京や大阪の店ではなく、事件の当事者たる高瀬慎一氏の「川棚温泉
元祖 瓦そば たかせ」へ私は行くことにしたのです。
元祖・瓦そばがある「川棚温泉」は、山口県下関市の西部にある温泉地です。下関とはいっても、「川棚温泉」は、我々が最もイメージする下関、すなわち関門海峡付近の街からは遠く離れており、下関駅から山陰本線に乗ること約40分の「川棚温泉駅」が最寄りです。しかし、これも罠であり、駅前から温泉地まで更に2km離れているのです。だから今回、私にしては珍しく、川棚温泉までは、山口県に赴任している友人の車に乗って来ました。
デカデカ表された「川棚温泉」の入り口看板を通り過ぎると、さっそく見えるのが「元祖 瓦そば たかせ(本館)」です。
もちろん、元祖だけあって、それ目当てに行列ができていました。しかし、自分の前には10組ぐらい並んでいたはずが、10分ぐらいで店内へ通されました。これには吉野家も驚きの回転率です。この回転率の速さが、瓦そばを山口県名物たるものにしたのかもしれません。
回転率に反して、築約100年モノを改装したという店内は、旅館のように広く落ち着いた雰囲気です。実際、かつて「たかせ」では旅館も営業していたとのこと。早速注文したのが、もちろん「元祖・瓦そば」と、ついでに「たかせ」のもう一つの名物「うなめし」もです。
「元祖・瓦そば」を食べてみると、錦糸卵のフワフワと、瓦で熱せられた抹茶そばのパリパリが混ざり合う、何とも不思議な食感を感じられます。途中、少し味に変化が欲しいと思ったら、レモン&もみじおろしをツユに入れると、元々サラダ油で脂っこかった瓦そばがさっぱりし始め、飽きを感じさせません。最後、瓦に熱せられた麺が、パリパリを通り越して針金となり、博多人もびっくりのバリ硬ですが、それをカラムーチョのようにパリポリ頬張るのも一興です。
ちなみに、瓦そばの瓦は、その断面が緩いS字カーブを描いていることから、蕎麦や具を箸で掴む際、瓦から滑り落ちないよう工夫がいるため、食事中は終始ジェンガの如く緊張状態を強いられますが、食べ終わると達成感みたいなものがありました。
「元祖 瓦そば たかせ」には、私が訪れた「本館」の他、「南本館」「東本館」もあります。判決文によれば、瓦そばは「たかせ別館」で初めて提供されたとのことですが、これは現在の「東本館」に当たり、ただいま例のウィルスの影響で休館中です。つまり、真の意味では、私は「元祖・瓦そば」を食べていることにはならないのでした。無念。
「元祖 瓦そば たかせ」の近くには「三春堂」というお菓子屋さんがあり、そこでは「瓦シュー」なるスイーツが売っています。どうやら「元祖
瓦そば たかせ」と「三春堂」は親戚同士とのこと。「瓦シュー」が、「瓦そば」の知名度に便乗したのは間違いないですが、「瓦そば」の瓦のような形態と、瓦のようにパリっとしたシュークリームは、その名に恥じません。瓦そば食後のお口直しや、温泉饅頭の代替品にピッタリでしょう。
ところで、「瓦そば事件」のもう一人の当事者たる被告(無効審判請求人)の「江戸金」は、惜しくも2022年3月に閉店とのことですが、判決文にも重要証拠として登場した「川棚グランドホテルお多福」は、いまだ健在です。ホテル内レストランでは瓦そばが提供されていて、もちろん、「お持ち帰り用の瓦そば」も売っていました。
そういえば、せっかく「川棚温泉」に来たのだから、温泉に入ることを忘れてはいけません。ちょうど、「川棚グランドホテルお多福」の大浴場「山頭火」が評判良いとのことなので、入浴することとしました。
内風呂の湯加減はちょうど良い感じでしたが、露天風呂は少々熱かったです。しかし、さらに熱かったのが、露天風呂の石畳でした。「瓦そば」の瓦を意識したと思われる、その黒々とした石畳は、日光に照らされ高温となっており、うっかり踏んだら、足の裏が瓦そばになりました。
川棚温泉では、「元祖・瓦そば」等の現物を見ることで「瓦そば事件」の勉強にもなりましたし、瓦そばを疑似体験することもできました。
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